この度の熊本を中心とする震災で亡くなられた皆さまの
ご冥福をお祈り申し上げると共に、
熊本・大分で被害にあわれた皆さまに心よりお見舞い申し上げます。
一日も早く安穏に包まれることを、深く祈っております。

 

私は1995年神戸で阪神淡路大震災に被災しました。

犠牲者6425人のうち1471人が亡くなった
東灘区という最も倒壊被害の多い地域でした。

実家の建物に被害のなかった私は、
数ヶ月にわたって避難所でボランティア活動に参加しました。

保健室で救援物資として届けられた薬を配る作業。
通常時には考えられないことですが、
中には処方箋の必要な劇薬も扱いました。

「15歳未満には必ずはさみで半分に割って提供してください。
でなければ最悪死に至ります」

物資である薬を引き取る際に、
医療関係のボランティアと思われる担当の方から受けた指示でした。

避難所である地元の母校ではいろんな病気がはやりました・・・

インフルエンザや赤痢、肺炎、
その他糖尿病の持病を持っている方の低血糖症には角砂糖を提供したり。

 

寝る間もないパニックが少し落ち着いた頃、
数ヵ月後に東京のプロダクションに入る予定だった私は、
こそこそと音楽室のギターを借りてきては曲を作っていました。
「音楽なんてやっている場合じゃない」その後ろめたさから、こそこそと・・・

しかしそのうち、ご老人たち数人やってきて「美空ひばりのあの曲歌って」とか、
リクエストされるようになり、曲を知らない私はおばあちゃんに歌ってもらって
必死に音を耳で拾いギターで伴奏。

久しぶりに笑うおじいちゃん、おばあちゃん。

次第に涙がこみ上げる全員・・・

「拾ってもろた命やからなぁ・・・私らは生きなあかんなぁ」

一生忘れられない人生のスローガンをもらいました。
この経験が、今でも私の音楽人生で最大の原点です。

ちなみに他者の奏でる音楽を聴き、自分も歌い、その心地良さを体験する時、
体内ではセロトニンやオキシトシンといった物質が分泌されます。
どちらも幸福感に関係するホルモンで、オキシトシンは最近の研究では
他者との「絆」を認知するのに関係していることが分かってきています。
そんな詳しい話はまた別の機会にでも。

 

音楽に今出来ることはとても少ない…

でも、音楽や芸術だからこそ、物質的な復興の早さに取り残されていく
心の復興を支援できると私は経験からも強く感じます。

いつかお役に立つべき日のために、
今日も一所懸命、自分の音楽と向き合おうと思います。